家事&配達代行人。

思いついた事、思い出せた事を

いっぺんしんでみる?

|ω・`)ノ ヤァ、マックです

題名ぶっそうかもしれんけど、

現代はそんな人が多いので記録に。

 

今はウーバーイーツという

配達代行業もやっておりますが、

やってみて思うのは、

現代人のほとんどが、

交通ルールを無視しているわけです。

 

歩行者にしろ、バイクにしろ車にしろ、

模範となるべく警察にしろ。

 

まず歩行者の前提条件が、

車やバイクは、止まるか避けるという考え、

車道に飛び出てきてそりゃないよね。。

歩道歩かず車道歩く人多いし。

 

とはいえ、

車やバイクは従来なら、

歩行者優先なんだけど、

道路を渡る時、

一向に道を譲らないし、

細い道いったら、

車を先に通さないといけないような世の中。

 

警察にばれなきゃ何してもいい、

実際、犯罪はそういった面がある。

完全犯罪とはそうやって作らるけれど、

日々の習慣でぼろがでやすくなる、

負債をためるようにね。

 

さて、いっぺん死んでみる?と書いたのは、

現代人は生きているのが当たり前で、

老衰で死ねると楽観的な人が多いけど、

それはレアなケースです。

 

殺人事件は家庭内でおき

病死が増え、

自殺者も増え、

なぜそうなるか?について、

あまり関心を持たれない。

 

なぜ人生設計に終わりを設計していないのか?

 

色々となぜ?ってつっこみどころあると思うけど、

一回は脳で、二回目は体の一部で、

臨死体験みたいのしている私から言えるのは、

走馬灯で死ぬためには、脳死はだめ。

瞬間的に死にたいなら脳死やねw

 

何言ってんだこいつw

 

経験すればわかるさ、

だからいっぺん死んでみる?

難易度高いけど*1ケラケラ

 

他には、親戚の死、自子の死、動物の死とか

なんだかんだで色々目にしてるのよね( ゚ ρ ゚ )

しれっとまじで?みたいなの紛れ込んでるけどね。

 

自分の仮死の時点で、

小学校はいったばっかくらいやね、

そんなの経験してるもんで、

死生観が形成されたわけなんです。

 

なぜ人は死が近づくともがくか?については、

それまで適当に生きていた事に気付くからなのです。

 

とはいえ、自分はつねに適当だけど*2ケラケラ

前提条件がちゃうだけなんよね。

 

なので早期段階で死に触れるってのは、

人生にとってとても大きな意味がありますが、

諸刃の剣でもあるわけです、

あまりにも衝撃過ぎて、過去に囚われてしまう場合もあるので、

知り合いの家庭がまさにそうなってしまいました。

 

なので僕がたびたびつかう、

「会いたいと思う人には、すぐ会いにいけ」

そのうち、いつかは後悔するだけなので。

 

というか、自分が明日も生きている確信なんてないからね。

コロナで陰性で急死する場合もあるし、

それに関してはPCRの精度を疑うけどね。

 

死を前提に生きられないとなると、

思っている程人生ってのは不自由なのかもしれません。

 

自己認知と死の認知、時間の概念を取り入れると、

もっと多様性を理解しやすくなるんじゃないかと?

 

ちなみに

「いっぺん死んでみる?」は、

地獄少女という作品の名セリフですです。

興味あったら見てみてね( ゚ ρ ゚ )

*1:´∀`

*2:´∀`